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日なたの窓に憧れて

いやよいやよもすきのうち

21年目を迎えたバンプに恋をする

BUMP OF CHICKEN

 

そろそろ安っぽいポエマーみたいなタイトルをつける癖をやめたいんだけど、人間なかなか成長しないよね。そんなわたしをよそ目に、歌声が進化し続ける藤原基央の件ですけれども(話の繋げ方下手か)

 

というわけで(どんなわけ)BUMP OF CHICKENとかいうなんか偉大すぎるバンドが、記念すべき20周年の最後になんかすごい新曲を映像込みで配信してくださるというビックイベントがありましたね。わたしは文明の進歩に感謝しなければいけないなあ。(感謝の舞)

 

わくわくしながら待っていたら、SailingDayやsupernovaのMVが流れていて。好きなものを聞かれたら1番にバンプと答えていた時代(バンプを好きになった経緯とか今の思いとかは前に書いたから読んでくれると嬉しい)に、どういう気持ちでMVを見ていたかをなんとなく思い出して、心が締め付けられました。ギュウ。

 

これを書いている今はもう日付が回っているので2月11日で、21年目のバンプが存在する世界です。でもたしかに数時間前までは20年目のバンプが存在していた。昨日だって、そしてこれから始まる今日だって、わたしにとっては特筆すべきことも起こらない1日なんだろうけど、そんな1日に意味が生まれた気がして、それが嬉しかった。

 

バンプオブチキンはわたしと同い年だ。早生まれになるから、学年では1つ上、クラスメイトにはなれない運命だけど(なんの話)。わたし自身1996年生まれであることに一切こだわりを持ったことがないけれど、バンプと同い年だと思うそのときだけは、1996という4桁の数字が、わたしのなかでキラキラと輝く。

 

バンプがわたしにとってどういう存在であるのか、というのはたまに考えることがあるけれど、今これを書いていてなんとなく思うことは、なんでもないことに意味を持たせてくれる存在というのが1つの答えなのかもしれない。あくまでも"ワンオブザ"ではあるけれど。

 

 

配信が終わって、みんなが歌詞のことを話しているのをぼんやりとした頭で眺めていると、歌詞を一切覚えていないことに気が付いた。というかそもそも聴いていなかったのかもしれない。それでもわたしは、極端な話、藤原基央の歌声が好きなだけで充分だと思う瞬間があるくらい彼の歌声に、それこそ「恋をする」し、きっと明後日も恋をする。3年後はわからないけど、そうであるといいなと思う。

 

数年前までのわたしにとってバンプの音楽は三日月のような存在だった。真っ暗な夜に美しく細く光を放つ三日月。そしてわたしはその光に縋っていたし、その光がないことには生きていけなかったような気もする。

今のわたしにとっては、新月かもしれない。確かにそこにはあるけれど目には映らないし、月の光がなくたって街頭の光で生きていける、自分で火をつけることだって出来る。でも確かに昨日までは、そして明日からは目に映る。その絶妙なバランスのうえに成り立ったバンプとの関係が、今はとても心地よくてだいすきだ。

 

 

どこへ行くんだろうね。

どこへ行っても、というほど素直ではないけれど、でもきっと21年目を迎えたバンプにも恋をする。25年目を迎えたときにも、こういう気持ちでいられたらいいな、と願ってしまうのはファンの端くれとしての勝手な想いなので、好きなように突き進んでくれたらいいなと思います。

 

それを最後尾で眺める未来がありますように。