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日なたの窓に憧れて

いやよいやよもすきのうち

わたしとBUMP OF CHICKEN

 

最近アウトプット欲が旺盛だ。アウトプット欲がドクドクとなにかに訴えかけているうちに、わたしとBUMP OF CHICKENのことを書いておきたくなったので、ぼんやりと記そうと思う。

 

 

わたしのなかでの最初のバンプの記憶を辿ると、2009年の夏まで遡ることになる。親の外出中にコソコソとネットで動画を見ていて、そこで出会ったのが天体観測だった。なにかの動画のBGMだったのかもしれないが、その動画の詳細は生憎覚えていない。

「あっこれが有名な天体観測か!いい曲だな!兄弟の感動ストーリーを描いた曲だっけ!」どこで仕入れた情報なのかわからないが、聴いたことのない天体観測という曲に対して、兄弟のことを歌っているのだという謎のイメージを抱いていた。(これだからねっとはこわい)

 

その次の記憶は3年後まで飛ぶこととなる。わたしは相変わらず親の目を盗んで(人間は成長しない)、パソコンで好きな芸人さんのMADを見ていた。MADという響きの懐かしさに、古傷が痛むようなぎゅんとした気持ちになる。沁みるとわかっているのに定期的に触りたくなるような、そんな傷。BGMに合わせて画像がどんどん流れ、感動っぽく仕上がっているアレだ。

そのBGMとして使われていたのが"真っ赤な空を見ただろうか"だった。

世の中は思った以上に音楽で溢れている。映画を見ていても、バラエティを見ていても、買い物をしていても、テーマパークにいても、音楽は流れている。それらを所謂BGMと呼ぶのだろう。そういう意味ではきっと、手に負えない数のBGMを聴いて、そしてそれらの音楽に足を止めることは殆どなく、一瞬耳を傾けても次の日には忘れているような、そんな感覚でそれまでを過ごして来たのだろう。

そんなふうに生きてきたのに、生まれて初めてBGMに心を奪われてしまった。画面には好きな芸人さんの画像が次から次へと流れてきたが、そんなことはもうどうでもよかった。歌詞を検索して、何度も何度も聴いた。携帯(ガラケー)に直撮りして何度も何度も聴いた。2012年を生きていたとは思えないアナログなやり方ではあるけれど、このあたりから当時のわたしの必死さを推測してあげてほしい。そしてふんわりとした記憶が正しければ、同時期に"車輪の唄"を聴いたように思う、言わずもがなそれもガラケーに録音していた。

 

"溜め息の訳を聞いてみても/自分のじゃないから解らない"

ポップスしか知らなかった当時のわたしには、解らないとハッキリ歌ってしまうこの人(後に藤原基央だと知ることになる)がとてつもない人であるかのように思えた。綺麗事を言わない歌を初めて聴いたような、そんな気分だった。

今になって冷静に考えれば、綺麗事を歌っていないなんて、ロックバンドは大抵そういうものであるように感じる。バンプ知名度によって、その入口に立ててしまうのがずるい。生きていれば大好きは更新されていくし、そうでなきゃ困るんだけれども、初めての出会いはいつまで経っても初めての出会いで、その衝撃を上回ることはとてもむつかしくて。(だから世の中に懐古厨が沢山いるんだと思っています)

わたしにとっての初めてとは"真っ赤な空を見ただろうか"で、この曲は数年が経過した今もなお、バンプのなかでトップクラスに好きな曲だ。あの日の、純粋な気持ちでこの曲を聴いたあの日の魔法が、いまだに解けていないのかもしれない。

 

 

あの日見た動画は、少し探してみても見つからなかった。最後に見たのは1年以上前で、そのときにはもう著作権問題でBGMが消去されていた。当然のことだし、当時それを何回も何回も再生して聴いていたわたしも含めてまるっと悪いんだけれど、少し胸の奥がキュッと音を立てる気がする。

 

 

真っ赤な空を見ただろうかに触れた瞬間のことは、思い出補正で美化されつつもよく覚えているのに、それから先のことはよく覚えていない。

 

初めて買ったアルバムは『jupiter』だった。中古だったけど本当にわくわくした。家に帰ってすぐにCDプレーヤーにCDを入れたときの、なんとも言えないドキドキが忘れられない。ダンデライオンに一目惚れならぬ一聴き惚れをして、何回も何回もリピート再生をした。

本当に欲しいと思って自分のお金で買った初めてのCD、もうあそこまでの初々しい気持ちになることはないかもしれないと思うと少し寂しい。

 

それからは新品で『COSMONAUT』を買ったり、シングルを片っ端から集めたり、欲望と衝動に身を任せていた。この期間を過ごしたせいなのか、はたまた元からの性格がそこで爆発しただけなのか、今でも収集癖が酷い人間のままだ。

ちなみにこの頃、GOLD GLIDER TOUR2012のポスターがコンビニに貼ってあるのを見かけたけれど「まだにわかのわたしにははやいな」と通り過ぎてしまった。一般発売なんて繋がらない、というのが模範解答だし、どうせ繋がらなかったんだからそれよりは、と納得してしまえれば楽だけど、やっぱり電話だけでもしてみたらよかったんじゃないのかな?とぼんやり思う。ライブに行くことに、わたしにははやいとか、そんなのないんですよ。(圧)

 

2012年8月10日、ドラムの升さんの誕生日。Twitterバンプファンの方々が盛り上がっているのをなんとなく眺めていたら、わたしもその輪にどうしても加わりたいという思いが芽生え、その2日後にはバンプのことを話すためだけのアカウントを開設していた。

本格的にハマって半年、ド新規もいいところだったので「素敵なBUMPerになりたいです☆」くらいのことはプロフィールに書いていたかもしれない、身の毛もよだつ過去を自分から公開していくスタイル。

アカウントを開設してすぐ、そんなわたしに「素敵とか素敵じゃないとかないですよ、好きになってからの時間も関係ないですよ」みたいなリプライをしてくれたひとがいたことを今思い出した。 優しい世界、名前も覚えていない誰か、ありがとうございます。

 

Twitterで毎日毎日なにを話していたんだろう。アカウントは残っているけれど、その頃のツイートは黒歴史クリーナーかなにかで消してしまったので、振り返ることも出来ない。

あれから俳優、女性アイドル、男性アイドルと色々なものにハマったけれど、特に男性アイドルなんて供給が多すぎて、それに対してミュージシャンのソレはとても少なくて、なにをネタにあんなに毎日楽しくTwitterやっていたのかなと最近ふと思うことがある。たぶんチャマかわいいとかチャマかわいいとか、おやすみなおいとか、おはようございますかわ(ますひでおも可)とか言っていた、これもまたひとつ黒歴史

とにかくいつでもみんながバンプの話をしている空間はわたしの「好き」というモチベーションを維持してくれるのには充分すぎるくらいだった。

 

Twitterでの出会いのなかでなにより大きかったのは、他のバンドに出会わせてくれたことかもしれない。バンプのことが好きだという共通点のある方々が、好きだと言う音楽には謎の信頼感を抱いていたし、聴いてみようという気が湧いた。

今ではandropも地元に来るたび必ず行くバンドになったが、聴いてみようと思ったきっかけはタイムラインでよく名前を見たことだったような気がするし、結局わたしの初ライブはandropに捧げてしまった。ここふたつファンがかぶっているよね?ということで、バンプナゴヤドームandropのZEPPNAGOYAが同日だったことは未だにわりと許せてないです!!!(笑)

 

 

2013年の9月9日、10日とバンプのライブに参加した。WILLPOLIS2013のガイシ公演両日。チケット争奪戦に精神をすり減らされたことも含め、わたしにとってはすべてが初めての出来事で。終わったあと10日間くらいは音楽が聴けなかった。

初めてのバンプのライブだった。「生きてるうちに生で聴けたらいいな」そんなことを思っていた真っ赤な空を見ただろうかが聴けて、文字通り腰が砕けた。

サブステージ(恥ずかし島)の正面1列目だった、最前ブロックとメインステージの距離より遥かに近いと思う。初めてのライブにしてもうこれ以上ない距離で、ほんとに楽しそうに演奏するメンバーを見れて幸せだった、増川さんは衝撃的に顔が小さかった。(笑)チャマペットボトル事件(メインステージに戻る直井さんに飲みかけのペットボトルを手に押し付けられるも、びっくりしている間に横の人にひったくられた件)も記憶に新しい。あれ貰えてたら、ライブ後にみんなであんなことやこんなことしたかったなあ。(黙れ)

このあたりの時期が1番、バンプのファンとして生きていたような気がする。何が好きなのかと聴かれて、1番に「バンプオブチキンです!」とそう答える季節だった。過去形、そう過去形なんだけれど、けしてそれは悪い意味ではなくて。

 

それから直井さんがTwitterを始めたり、『RAY』の発売、 TOUR WILLPOLIS2014の名古屋1日目に参加、バンプドキュメンタリー映画の公開など色んなことがあった。どれもやっぱりバンプが好きだなと思わせてくれるもので、確実にわたしの人生に彩りを加えてくれていた。

 

2014年から2015年にかけては、わたしの諸事情でちょっと大変な年でした、簡単に言うなら受験というシステムに苦しめられていたという話なのですが。

きっとわたしはそんな1年を、バンプに救われて過ごすんだろうなあと思っていたけれど、往々にしてそんな未来予想図なんて当たらないものであって、回りくどくなりましたけど何があったって『第2章 スピッツとの出会い』です。

 

きっかけは好きな俳優さんが、スピッツの楽曲をモチーフとした映画をやっていたこと。良くも悪くも長いMVのような映画で、印象的なシーンではいつもスピッツが流れていて、贔屓目ですがその俳優さんは誰よりもその音楽が似合うように見えた。

そのなかでも耳から離れない何曲かを聴いているうちに、どうしようもなくなって、CDを買い揃え始めた。映画に留まらず、スピッツのリリースにあたってのCMをやっていたこともあるその俳優さん、わたしはとってもちょろいので、すぐに運命かなあとか思ってしまったりする。

 

タイミングって思ったより大切で。結果的に今もわたしはスピッツに対して、大変な時期に支えてくれていた音楽という認識があるし、そのポジションにいるはずだったバンプは、日に日に聴かなくなっていった。

 

それが2014年頃のこと。それからは2017年が始まったこの瞬間まで、そんな感じで、でもやっぱりバンプが好きなんだと思う。丁寧に丁寧に時系列追ってきたのに急に3年間ぶっ飛ばしてごめんなさい。

音源のリリースがあったら無条件で買うのは相変わらず。でもつい最近リリースされた日産スタジアムでのライブ映像は、応援している男性アイドルとリリースがかぶって買わなかったり、ライブに行ってもグッズを殆ど買わなくなったり。20周年記念ライブは、なにか用事があってそもそも応募すらしなかったのだけれど、無理に調整してまで行くような気は起きなかったし、それに対する後悔もまったくない。

正直わたしのなかに、なんとかバンプが常に端っこにでも存在しているのは、Twitterのお陰だと思っている。今でもTwitterを開けばバンプという文字をツイートの中に見る、チャマのツイートがタイムラインに流れてくる。それが無ければとっくに頭の中にない存在なのかもしれない。Twitter(趣味垢)はある種「好きという気持ちに対する呪縛」を秘めているツールだと思っている。

 

話を戻そう。紅白への出演、本当に楽しかった。バンプがああやってライブをしている映像が全国のお茶の間に流れているという実感はあまり無かったし、藤原さんが珍しく音程迷子になりかけていて緊張も伝わってきたけど。やっぱりバンプはかっこいいと思ったなあ。(小並感)

 

2016年はバンプ初のドームツアーが開催されて、わたしはナゴヤドーム日産スタジアム1日目に参加した。

「もうほとんどバンプ聴かなくなったな」と言いながら、今まで視野に入れたことのなかった遠征をしているのが、なんとも不思議だけど、なんかそういうものなのかなあと、妙に腑に落ちたり。

 

端的に言えば最高でした、ちょっと端的すぎるかな。でもわたしはどちらも「やっぱりバンプが世界一かっこいいなあ」って心から思ったりしたのが事実で。ナゴヤドームには『Butterflies』を全然聴き込まずに行き、日産スタジアムはちゃんと聴き込んでから行き、2つの味を楽しんだ気分だった。

グッズはもう必要以上には買わないと決めたけど、熊本のチャリティバンド、ニコルのぬいぐるみ、そして会場購入特典がついていた『20』のライブDVDまで買っている自分がいて、相変わらずちょろいなあと笑ってしまいました。(まだ封も開けていませんが)

 

 

熱を上げていたなにかに飽きかけているときは「○○は変わってしまった」とよく言われがちで。

バンプは数年前からそう言われているのを定期的に目にしますが(笑)、わたし個人の意見としてはバンプはなにも変わっていなくて、でも進化はしていて、変わったのはわたしだと思っている。

 

あんなに好きだったバンプを聴かなくなってしまったな、というネガティヴな話ではなくて。

バンプばかり聴いていたあの頃の自分には確実にバンプが必要だったし、今のわたしにはもうバンプは必要なくなったという、それだけのことで。それが良いとか悪いとかではなく、ひとつの圧倒的な事実なんです。

 

『Butterflies』というアルバムを初めて通して聴いたとき、まず1番に「やっぱり好きだな」と思い、その直後に「もうわたしはこの人たちの音楽に依存しなくて生きていけるんだな」と感じて、それが嬉しかった。

「わたしには必要のない」という事実と「もう聴かない」という現象はイコールではないし、なによりわたしはちょろいのでこれからも新譜を買うし、ライブに行くし、世界一好きだなんて軽率に言ったりすると思う。過去の自分の発言に縛られたくない捻くれ者なので、未来予想図は立てたくないけれど。

 

でも、ふと疲れた日になんとなく車から外を眺めて、耳元にバンプの音楽が欲しくなるようなそんな朝があって、バンプの曲が泣くのを手伝ってくれるような夜があって、それが毎日だったあの頃と、1ヶ月に1回で充分になった今があるという、本当にわたしのなかではそれだけのことで。

 

音楽なんてどんな風に聴こうが、どういう気持ちでソレを受け取ろうが、聴き手がなにか感情を動かされるならそれで良いと思うのですが。

それでもいまのわたしとバンプの距離感がちょうど心地よくて気に入っています。雑念がないというか、もう音楽の先にメンバーを見ることもないし、そこに音楽があって、ここにわたしがいるというそれだけ。あるべき姿でそこに存在してくれているような、そんな気がする。最近はアイドルソングしか聴いていないわたしが、とことん楽曲の先にメンバーを見ているわたしが言うことでもない気もするけど。(笑)

 

 

まあそんなところです。6000字を軽く超えた挙句、締め方がわからなくなってしまった。

わたしは基本的にファンをしている対象にはめちゃくちゃ甘いオタクだけど、どうもバンプに対してだけは少し思考がひねくれているような気もします。でも結局のところは簡単にお金を落とすようなやつだし、リリースがあれば喜ぶし、ライブに行けば惚れ込んで帰ってくる。

兎にも角にもわたしにとってバンプが特別であるということはずっと変わらないし、正直もうあの頃のような熱を上げることは二度とないけど、確実に今のわたしを形作ったもののひとつなんだよな。

これからも端くれでいいので、ファンと名乗らせてください。2017年、素敵な年になりますように。